【障害者雇用水増し】 関根 千佳さん 【提論-明日へ】◆「ざんねんなくに」日本
霞が関の中央省庁で、障害者雇用率の水増しが問題となっている。
このニュースに触れた時、悲しいことだが、「やっぱりね」と思ってしまった。国の委員会などに、どれだけ参加しても、霞が関で障害のある職員に出会うことは、稀(まれ)なのだ。
障害者に使える情報通信技術(ICT)しか行政は買ってはいけない、という欧米各国では当たり前の法律を、「日本でも」と関係省庁に働きかけたときのことだ。
ある担当者は真顔で言った。「これ、日本では無理ですよ」「だって、日本の省庁には、障害者はほとんどいませんから」「米国みたいに、連邦政府だけで10万人の障害者を雇用という環境じゃないんです」
全くその通りなのだ。そもそも国は何十年間も、実質的な分離政策を進めてきた。バリアフリー新法だって、学校やオフィスでは努力義務どまりだ。障害者は特別支援学校や特例子会社に行くのだから、それ以外はユニバーサルデザイン(UD)でなくてよいという考えなのだろう。
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ちなみに、米国連邦政府の障害者雇用は10万人を超えたが、これは職員全体の14%である。管理職も多い。
英国には全盲の大臣がいたし、カナダの内閣は半分が女性で、障害のある大臣が2人、性的少数者(LGBT)が1人と実に多様だ。
海外のIT企業では、障害のあるエンジニアは高額で引き抜かれる。「あいつA社に移ったぜ」「彼女もB社に引き抜かれた」。国際会議ではそんな話で持ち切りだ。
障害があるということは、いわばエッジの効いたフロントランナーである。その人々とともに働くことで、新たな視点を得て、革新的な技術が生まれることを、欧米の企業や政府はよく理解している。
多様性は、技術革新(イノベーション)の源泉なのである。
昨今、公務員や企業の職員へのUD講習会で、必ずこの問いを出す。
「明日、目が見えなくなったら、どうやって仕事を続けますか?」
「あなたの上司が車いすユーザーになったら、どうしますか?」
しばらくは、「無理!」という声ばかり上がる。しかしそのうちに、どうすればいいかを考え始める。そして、障害とは、能力がないという意味ではなく、能力の発揮を阻害されている状態と気付くのである。
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もう少しオフィスがUDだったら、もし社内システムが障害者にも使いやすいアクセシブルなものだったら、問題なく仕事が続けられるのに。ICTや支援技術を使えば苦手を克服し、得意な部分を伸ばすことが可能になるのに。
1人でもロールモデルがいれば、自分がそうなったときを想像できる。
NHKで大分県別府市の太陽の家をドラマ化していた。日本でも心ある企業は、真剣に障害者雇用に取り組んでいる。それが社会にイノベーションをもたらすと理解している。別府は、とてもユニバーサルな街になった。子育てがしやすく、歳(とし)をとっても暮らしやすい街に、障害者が変えていったのである。霞が関は、この幸せをまだ知らない。
女性医師が働きやすい環境とは? LGBTの人への理解を増やすには? 日本が真にユニバーサルな社会になるために越えなくてはならないバリアーは、中央省庁や医療界や自民党にこそ高い。自分も必ず歳をとって障害と向き合うのに、世界で最も高齢国家の日本は、未来の自分を全く理解していない。「ざんねんないきもの」ならぬ「ざんねんなくに」日本である。
【略歴】1957年、長崎県佐世保市生まれ。九州大法学部卒。81年、日本IBMに入社。ユニバーサルデザインの重要性を感じ、98年に(株)ユーディット設立。同社社長、同志社大教授など歴任。著書に「ユニバーサルデザインのちから」など。
=2018/08/27付 西日本新聞朝刊=
西日本新聞、社説
障害者雇用不正 国民を欺く「偽りの達成」
2018年08月22日 10時33分
国民を欺く「偽りの達成」だったのか。またも行政機関の信頼を揺るがす不祥事である。
総務省や国土交通省など中央省庁が、法律で義務付けられている障害者の雇用率を実際よりも水増しして公表してきたことが明らかになった。
中央省庁といえば、障害の有無にかかわらず誰もが対等に安心して働ける社会の実現を目指す「旗振り役」である。障害者雇用を率先垂範し、民間企業を指導する権限と責任を持つ。
その政府機関が実態と懸け離れた数字を公表し、法定雇用率を達成したように見せかけてきた。しかも、不正は1976年に身体障害者の雇用が義務化された当初から40年以上にも及ぶという。言語道断である。
障害者雇用促進法は、企業や国、地方自治体に一定割合以上の障害者を雇用するよう義務付けている。達成できない企業は納付金を課せられ、企業名を公表されることもある。
法定雇用率は今年4月1日から引き上げられ、国と自治体は2・5%、企業は2・2%となった。企業よりも国や自治体の率が高いのは、公的機関が模範を示すためとされる。
昨年6月1日時点で、国の行政機関の平均雇用率は2・49%と、当時の法定雇用率(2・3%)を上回っていた。
ところが、障害者数の算定方法に不正があったとされる。雇用率に算定できる障害者とは原則、障害者手帳を持つ人と、指定された医師の診断書がある人なのに、障害の程度が比較的軽く手帳を交付されていない職員などを合算していたという。
公的機関は企業より高い法定雇用率を設定される一方、納付金の徴収など目標を達成できない場合の罰則規定はない。今回判明したのは、障害者雇用率制度がそもそも想定していない「官の不正」といえよう。それほど事態は深刻ということだ。
四十数年もの長期間、重大な不正を見逃してきた政府の責任は重い。民間企業には厳しいくせに「身内には甘い」-と言われても仕方あるまい。
一部の省庁からは「算定方法などの理解不足が原因で、故意の水増しではない」といった主張もあるという。
およそ世間には通用しない言い訳だ。不当な差別を禁じ、障害者の雇用を促す法の趣旨を何と心得ているのだろうか。
遅ればせながら厚生労働省は全省庁の調査に乗り出した。早急に実態を把握し、責任の所在をはっきりさせ、再発防止を徹底する必要がある。
同様の水増しは自治体でも発覚するなど、問題は拡大の様相だ。閉会中審査などを通じ国会も究明へ動きだすべきである。
=2018/08/22付 西日本新聞朝刊=
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